The Art and Science of Smalltalk の監訳者まえがき
- ある会社でC++で2年間かかってもできなかったプロジェクトをある大学院生は
Smalltalkを使って、6ヶ月で仕上げた。
- 従来の手法からオブジェクト指向の開発手法に切り替えるとき、言語としてC++
のようなハイブリッドな言語を使うのはまずいやりかただ。すぐ前の手法にもどって
しまう。その点,SmalltalkやSelfのような純粋なOO言語を使うとうまくオブジェク
ト指向のスタイルが身につくようだ。
- IBMでSmalltalkを使って、オブジェクト指向を学ぶのに必要な適正を調べた
。独断的な性格の人が最も悪く、好奇心旺盛で、豊富な経験を持った人が適するよう
だ。
- 従来の手続き型の手法から、オブジェクト指向の手法に切り替えて本格的な大規
模システムを開発するのは容易ではない。それはちょうど幅の広い川の向こう岸に渡
るようなものだ。一気に飛び越える危険を避けようとして、川の中の石づたいに渡ろ
うとしても、結局川に落ちて濡れてしまうのがおちだ。ハイブリッドな言語に頼るの
は、従来の手法のよさも、OOのよさも結局活かせないのではないか。
これらの記述は、Communications of the ACM( 米国コンピュータ学会) 1995年
10月号のオブジェクト指向:その経験と未来,に載ったエキスパートのコメントの
中から拾い出したものです。もちろんSmalltalkにとって、よいことばかり書かれて
いるわけではありません。
- 純粋なオブジェクト指向言語ほど、それをサポートしてくれるコンパイラや環境
が少ない。
- 実時間性を重視するアプリケーションへの配慮が足りない。
- 私はSmalltalkが好きだ。Smalltalkはオブジェクト指向技術の発展に多大な貢
献をした。しかしSmalltalkの画面を見るとき、オブジェクトがさっぱり見えてこな
い。ユーザインタフェースをもっと工夫して、オブジェクトが画面の中でリアルに、
生きているように動き回ってほしい。
等々。
いずれにせよ、オブジェクト指向技術を語るとき、その話題の中心にはいつも
Smalltalkがあり、最近では実用面での適用例や人気の急上昇の記述が随分と目立つ
ようになりました。1996年3月に金沢で開催された、オブジェクト指向に関する
国際シンポジュームISOTAS'96での、B.Meyer氏の再利用性に関する講演、あるいはR
。Helm氏のデザインパターンに関する講演の中でも、SmalltalkがC++と対比されて同
等に出てくるのがたいへん印象的でした。
どうやら日本においても、今までのSmalltalkに関する誤解やら偏見を捨て,もう一
度その復権をさせるときが来たように思います。本書はまさにそのような目的にフィ
ットしているといえます。日本においてはかってのAIブームのSmalltalk-80の印象が
強く、過去の言語と思われている方がいるかもしれません。したがってこのようなア
メリカの評判を聞いて日本語で学習しようにも書店に並んでいるSmalltalkの書籍は
ほとんどがSmalltalk-80時代に書かれたもので、現在市販されている処理系に対応し
ていません。本書の翻訳はこのような状況を少しでも打破したいという願いをもって
なされました。
ANSI Smalltalk(X3J20)のプロジェクトが進んでいるとき、またVisualWorks自体のバ
ージョンアップもあるとは思いますが、本書に書かれていることはすべて基本的なこ
となので時代の流れにも風化することはないでしょう。安心して本書でを
学習してもらいたいと思います。
本書の原著者であるS.Lewis氏はHewlett-Packard研究所ヨーロッパ研究センター (
英国) に籍を置くソフトウェア技術者で、数多くの新しいプロジェクトをSmalltalk
を使って手がけてきた実績が本書の内容に反映されております。たんなるSmalltalk
の入門書を超えている理由です。また、使いやすいコンピュータ・インタフェースに
も強い関心を持っており、この分野の研究・開発にを使ってみたいという
読者には特にこの本は役立つと思います。
終わりに、この本の翻訳出版にあたり、作業のコーディネートをしていただいた三
井物産の中枝総一郎さんに感謝いたします。また東京電機大学出版局の植村八潮さん
と松崎真理さんには大変お世話になりましたことを申し添えます。
本書が日本におけるSmalltalkのさらなる普及にすこしでもお役に立てばと思います
。
1996年6月 東京電機大学工学部 笠原宏
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Smalltalk@cue.im.dendai.ac.jp